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ポルシェ356PreA/356A用Flatナルディ1950年代ビンテージ ステアリング物語

ビンテージのナルディステアリングが、車に搭載されて納車される事は非常に少ない理由に、旧オーナーは必ずビンテージのウッドステアリングを外して車を売りに出す傾向にあるからである。その理由はいくつかあるが、手に馴染んだウッドステアリングと別れ惜しみ、何時の日かまた対象となる車を得た時に利用できる様に保管するケースも多い。そう思わせるのも、ステアリングの価値は車の販売価格に100%反映されない、というのも後押ししていると言っても過言ではない。当社が入手するステアリングは、それらの車から外されて保管されていた物をオーナーから直接譲ってもらうのであるが、譲ってもらえないか?と尋ねて譲ってくれる確率は非常に少なく、今現在も何処に眠っているか何本か把握している。

今日紹介する1本はまさにその取り外された1本である。時代はさかのぼり1961年、もっと詳しく言うならば1961年8月8日午後2時。Mr.Wは1958年式356A 60PS VIN102*** (ここでの個人名並びに車台番号の公表は避ける)をフランクフルトからカッセルにぬけるアウトバーンを走行していた。”北フランクフルト出口”から北方に10kmの地点で、ポルシェが走行していた左斜線に、突然トラックがウインカーを出さずにに侵入して来た。トラックを避ける為にMr.W は左によけたが中央分離帯に生える樹木に接触してしまった。その時の車の総合走行距離は92,862km。その事故で曲がったステアリングは車から取り外され、ナルディと356Aはその後違う道を歩む事になる。1961年にこの状態で取り外し、70~80年代の356の人気が低迷する時代を乗り越えて、今日もなおこの状態で、当時の写真付きで保管されているという事が全く異次元な感覚の世界である。同じぐらい驚くべき事は、Mr.Wが3年間で92,862km走っていて、計算すると30,954km/年を走っているという事になる。Mr.Wにとってポルシェ356は足車であったのだろう。

私とこのナルディとの出会いは知り合いのガレージであった。彼の倉庫を本人と探検中(正確に言うと案内されていた)にTELEFUNKENのラジオ、無造作に置いてあるスペアエンジンなどの奥にステアリングが数本かけられていて、その中でも汚く曲がっているビンテージナルディが目に留まった。本人はこのステアリングのストーリーを得意気に話し始め、1961年に既にこの状態で車から取り外されていて、今日まで保管してあると説明してくれた。私は商売で彼を訪ねている訳ではないので、このステアリングを売ってくれとも言わなかったし、その時点で売買の打診をするようなアイディアさえ浮かばないほど話を熱心に聞いていた。356PreA/A用のステアリングは、356B/Cとはボスの形状が違い、多くのステアリングは取り外しが出来ない専用ボスが着いている為に、356B/Cのステアリングを356Aに利用する事は出来ない。356B/Cのヴィンテージのウッドステアリングはレスレストン、VDM、ナルディなど種類と数が豊富であるが、356Aのヴィンテージウッドステアリングとなると流通量が極端に少なくなる。VDM製の”Spyder”や”GT”ウッドステアリングは、今日では非常に高価で取引をされ、それに加えて良く出来たリプロなどの存在もある為に非常に扱いづらい商品で、多く寄せられるヴィンテージステアリングの問い合わせを常に断らなければならないのが現状であった。

数週間後、この事故を起こしたステアリングを飾り物ではなく、レストアできないか?とアイディアが湧いて来たが、本人にそれを聞く勇気が出て来なかった。ましてや、私は嘘をつくのが嫌いで「手元で一生大切にするから、、、」等と言っておいて転売するのではなく、正直に「探している人がいて見つからなくて困っているので、譲ってくれないか?」というから世渡りの下手な面倒くさい自分である。今回も、正直に話をして話し合った結果、最終的に快く譲ってもらう事になった。

現状保存かレストアか?という事はもちろん少し考えた。しかも、50年代のナルディを所有する人、知っている人が何人いるかわからないが50年代のナルディはものすごくシンプルで、スポークにサインもなければ、特別のホーンボタンも存在しない。あるのはただ1つの背面の刻印だけで、一番作りやすいリプロなのである。当時の事故の写真、ドキュメント、そしてそれと一致する現物を現状保存するのは、120%本物の証拠であり、素晴らしいストーリーである。しかし、ステアリングとしての機能を完全に失っていることや、他人に本物と認めてもらいたいからレストアをしないという考えは間違っていると考え、最終的にこれをレストアする事にした。

ただ単にレストアをすると言っても実はいろいろなコンセプトが存在する。工場出荷状態(新品同様)にレストアするのか、もしくは”やれ度”をどの程度残すのか?表面の塗装がはがれてウッドが露出するぐらいまで使用していたステアリングは、ダークな色になっていたりする。ワンオフでパーツを作る場合など、物が機能してくれればそれで満足する事がない私にとって、形・加工方向などの細かな要望を忍耐強く聞き、理解をして実現してくれる人を見つけるのは実に大変な事である。私がステアリングのレストア依頼をする所では、ウッドの色、表面加工方法まですべて指定が可能なのである。私が選んだ方法は、スポークは簡単な掃除のみ(刻印を傷付けないため)、ボスは現状維持、折れたウッドは新品状態にしてニスを塗った。結果、現状ではアンバランスなステアリングに仕上がったが、車が納車されたのは1958年で、事故が起こったのが1961年、と言う事はこのステアリングは3年間利用されたということになる。すなわち、このステアリングを今から3年間利用する事により、1961年のステアリングの状態に戻る訳である。。。。。そう、私が目指したレストアとは1961年の事故前の状態に戻す事なのである。そういった意味からも、私にとってのこのプロジェクトは3年間利用した時に初めて完成する事になる。

レストアというのは、本来工場出荷状態の新品に戻す事を言うと思うが、歴史を消しゴムで消してしまうような事は極力したくなかった。スポークやボスの”ヤレ”を残した事により必要最低限の修復をしたことになり、レストアとは本来呼べないのかもしれない。コンクールデレガンスなどには参加した事がないが、そのようなイベントでは評価もされる事がないかと思う。しかし、ステアリングを握るのは自分であり、自分とポルシェの間には他人は入るべきではない。一番大切なのは自分の感性であり、ステアリングを握った時にいかに自分が微笑ましいかだと思う。これからもポルシェと寄り添う時間を大切にして行きたいと思う。

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1961年のドキュメント:事故鑑定書

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1961年のドキュメント:各部の事故跡ステアリング

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1961年のドキュメント:ナルディステアリング 修理費用評価(交換費用)315ドイツマルク

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レストア前

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ウッドを取り外しアルミ修復

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アルミ修復

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ウッド貼付け

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ナルディの特有の黒リングの加工

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下準備終了

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ニスを塗り、スポークとボスは現状維持

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スポークが現状維持のためどことなく新品に見えない。ナルディサインは無し。

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